gymnoの自由談

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エルサレムのアイヒマン

イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告

ゴダールの映画アワーミュージックに出てきたので 資料として悪霊のあとに勉強そっちのけで開始   難解だが とりあえず印象を

  
あとがきから読み始めたら あまりに独特の凝った文体と見慣れぬ固有名詞にくじけそうになったが本文はわりと読みやすい 
ナチのユダヤ人移送最高責任者であるアイヒマンが戦後16年もたってから イスラエルの法廷で裁かれた様子の描写と事件背景 法学的考察を書いた名著
ナチの組織についてはあまり語られないが ユダヤの絶滅計画が 最初はとりあえず国外に追い出せばなんでもよくて シオニストと協力なんかもしている
関連  シオニストとナチの一部の協力関係について書かれている
http://www.jca.apc.org/~altmedka/post-eic.html

国によっての多様な対応が興味深い 北欧勢はあっさりナチの要求をはねのけるし 逆に東欧はブルガリアを除いてはユダヤ人の財産没収と追放に精を出したり  意外とイタリアがユダヤ人を逃がしたり



アレントの容赦ない筆鋒が愉しい 検察側がアイヒマンを巨悪の首謀者としてストーリーを組み立てるが 彼女は 彼のことを忘れっぽくて影響されやすいただのアホ と切り捨てる
最初はシオニズムに共感していて やがて絶滅計画を知り衝撃を受けるが ヒトラーの意思と知ってポンテオピラトよろしく責任回避に安堵する 基本的に小物
権力のお墨付きを得て 安心して最初は移住 次に移送に精を出す 移住と移送の違いは熟慮されたし
総統にはとても忠実で 金でユダヤ人を逃がすものを道徳的に軽蔑し 戦局の最後に連合国に媚びるためにユダヤ人を突如として救い始めたヘタレのヒムラーの命令にそむいたりする  
穴だらけの記憶はもとより 紋切り型の演説文句を繰り返す特技を持っていた 処刑直前の自己陶酔的な演説に対してアレントの吐き捨てたセリフはある意味泣ける

死を目前にしても彼は弔辞での決り文句を思い出していた
彼は高揚しており これが自分自身の葬式であることを忘れたのだ

この直後に本書の副題にもなっている有名な単語  悪の陳腐さ が出てきてエピローグへと続く  


エピローグは20ページほどの法律論だが 大変に気迫のこもった この本の白眉である
ここだけコピーしようか あるいはこの部分だけのために購入しようか と思うくらい圧倒される  
遡及的な法律による勝者の法廷という状況  直接はアイヒマンは殺人を行なっていないので刑事裁判における構成要件をみたしていないという事実  起訴事実が人道に対する罪なら国際的な機関で裁かれるべきなのに 圧倒的に不利なイスラエルでの裁判



このへんは ニュルンベルク裁判についてもうちょっと勉強しなければたぶん理解できないとも思うけど イスラエル警察がアイヒマンをアルゼンチンから不法に拉致するくらいなら いっそ誰かが殺してから自首すべきだった などの思考実験はとても面白い
最後にアレントがアイヒマンに呼びかけるさまは圧巻
裁判官がこのように言う勇気があれば正義は世界の前に明らかになっただろう と
大意

自分の役割は代替可能で たまたま自分だった 誰でも同じ事をする可能性があった 
もし環境が違ったら決して法廷に立つことはありえなかった としても実際にやったという事実は否定できない  
そして 大量虐殺の政策を把握し 実行した  つまり支持した
政治は子供の遊びではなく 服従と支持は同じことだ  
これが アイヒマンよ おまえが絞首されなければならない唯一の理由である

泣ける  彼女のほかの本にも挑戦してみよう